序章
(コンコン)
「所長?皆城です。戻りましたよー。」
普段通りノックをしながら、扉を開ける。
今日は所長から唐突に
「あ、皆城じゃん。ちょうどいいところに、この仕事任せるね。」
と猫探しをすることになった。
所長は猫好き。というよりも、動物好きなところがあるせいか、大体の仕事は「生き物探し」といった具合だ。
「ん。お疲れ様。今回もありがとうねー。」
「どういたしまして。ところで所長。」
そう俺はふと疑問に思っていた言葉を送る。
「どうして『猫探し』とか『生き物探し』の仕事しか受けないんですか?」
いくら動物好きといっても、ここは探偵事務所。浮気調査だとか、失せ物探しだとか、派手なものなら事件の調査なんかも仕事としてあっていいはずだーーー
「うーん。そうだなあ…。確かにお前の疑問はもっともだ。実際そういった依頼は来ているんだよ?でもまあ、お前には向いてないというか、他に適任な奴がいるんだよ。例えば、水上とか。」
初耳だった。というか、自分以外にもこの探偵事務所に出入りしている人間がいるとは思いもしなかった。なんていうか寂れてるというか・・・人一人雇えるかも怪しい雰囲気なのにーーー
「ほら、お前は動物に懐かれやすいじゃん。だからそういう仕事回した方が、効率いいかなーって。適材適所ってやつだよ。」
何か所長っぽいこと言いだした。
そういうことなら、なるほどと思える。実際に1日は時間をかけることになったが、1日で結果を出せるともとれるわけだ。普通だったら、1週間かけても見つからないことだってあるだろう。でも、俺に限っては、何故か「生き物探し」がすぐに終わる。「得意なことは何ですか」と問われれば「犬猫探しです」と答えてもいいくらいだ。
理由はわからないが、僕はなぜか動物に好かれる。懐かれる。それこそ、人からも。
だからだろうか、特別そうした好意を欠片も向けてこない所長は、所長とは、話していて気が楽だ。
「じゃあ、俺は仕事終わったんで上がりますよー。」
「りょーかーい。また依頼があったら呼ぶから、適当に待機なり休日にしてくれていいからねー。」
いつも通り俺の1日は、仕事は終わる。
「あー。どうして私は所長なんてやっているんだろう。探偵事務所の。謎だよ。謎。叶之宮市の最大の謎と言ってもいいね。」
と、ぼやく。
とりあえず眠い、仕事がなければ1日中眠ってる私だ。全くどうして、私みたいな社会不適合者が働かなければならないんだ。しかも、人の上に立って。
まあ、自分では向いていると思っているし、これがベストだとも思っている。社会に馴染めない人間なりに、社会の為に。そうできていると思っているし、そういう自分を少しは「えらいなー。よくがんばってるなー。」と思ってもいる。
「今日ももう夕方だし、人も来ないだろうから私も引きこもろうかなー。でもなー。うーん…引きこもる!」
事務所と繋がる自分の部屋へ向かおうとする。今日の晩御飯は何食べようかなーとか、そういえばあのアニメ今日最新話更新だーとか、そんなことを考えていた。
その時
(コンコン)
「………。」
どうしよう。めっちゃ出たくない。もう仕事したくない。居留守決めたい。今日はもう1日頑張った。すごい頑張った。あーきっと気のせいだ。気のせいに違いないーーー
(コンコン)
「…………。」
あー!今日はハンバーグ食べたい気分だなー!うん!私、ハンバーグ食べたい!すごい!ハンバーグが食べたい!今日も頑張ったご褒美に!あー!お腹空いたなーーー
(コンコン)
「……………。」
もうだめだーーー
「はーい!まだやってますよー!辻探偵事務所!まだ!開いてまーす!」
扉へと向かい、訪問者を部屋へと招き入れる。
「…こんばんは。えっと……」
「辻です。辻導。辻とお呼びください。立ち話ってのも疲れてしまうので、どうぞ、こちらに。」
接客用のスペースへ、彼を導く。
余り人と喋るのが得意ではなさそうな感じだ。言い方が悪いけど根暗って感じ。それと、なんだ…?何か、見落としているような…隠されているような…
「お茶とコーヒー、どっち飲みます?ちなみにオススメはお茶です!先日いいお茶っぱ手に入れたんですよ!」
「ええと…それなら、それで……」
「了解です!ちょっとお待ちくださいね!適当にくつろいでてください!その辺に漫画とか転がってるんで、読んでてもいいですよ!」
何だろう、私の勘が何かを訴えている気がする。この依頼を受けたらどうなるのか。私は知っているような気がする。どういうことだ?この全然喋りそうもない依頼人が来てから、何かがおかしい。でも、何がおかしいのか、わからない。危険はない。これは間違いない。じゃあ、どうして。何が私の中で疑問になっている?落ち着け、私。まだ、何も起こっていない。まだ、大丈夫だ。
「すみません。お待たせしました。どうぞ。」
「………」
「ところで、本日ここにいらした要件は?」
「……………ぃしたい。」
「ん…?あぁ、すみませんもう一度聞いてもいいですか?ちょっとよく聞き取れなかったもので。」
「……『叶之宮市の7不思議』の見届けを依頼したい。」
…おっと、やべえやつだ……間違いなく、これはヤバい。オカルトかよ……叶之宮でのオカルト絡みは別に珍しくないけど、中にはヤバいのもあるんだよ…こいつ分かってて依頼しに来てる……ーーーどうする
「『7不思議』の見届け…ですか?」
「はい……そう、なりますね。」
「……なる、ほど。」
大人しく居留守していればよかったなあ…どうして対応しようと思ってしまったんだ私。もう、メンドクサイ。何がメンドクサイって、オカルトだよ?あれだよ。存在しないものを探すって事と同じだよ?何の成果もありませんでしたー。って法刻苦する羽目になるのが分かってるじゃん…ーーー叶之宮ではそうではないのだけど
「ちなみに、ですが。もちろんそういった依頼も受けてはいるのですが……依頼料、通常の依頼よりも多くいただくようにしているのですが……予算の方、どうなってるか、聞いてもよろしいですか?」
依頼人ーーー男性はやたらとデカいバッグを机の上に乗せ、こう告げた。
「……前金で3,000万。依頼の完了、成功報酬は3億……円で、どうですか?」
「……へ?」
額がおかしい。聞き間違いーーーいや割とマジで3,000万円入ってる感じだぞ?このバッグ。おいおいおい、これはおいしい依頼じゃないのか?いや、だけどこれはそれだけの危険が伴う依頼なんじゃないのかーーー
受けるべきかーーー
断るべきかーーー
「……受けましょう。その依頼。」
「いいんですか……?受けて、もらえるんですか?」
「はい、個人的にも、こういう話気になっていたので!渡りに船ってやつですね!」
適当にうまく話作って報告してもバレないでしょ。うん、バレない。大丈夫。きっと大丈夫。どうせこっちの報告聞いても本当かどうかなんてわからないでしょ。うん。余裕余裕。これで人生勝ち組だ。いえーい。
「ところで報酬はわかったのですが、期限の方はどのように考えています?結構短期間でのご依頼ですか?それとも、長期間の依頼になるのでしょうか?」
「……いくらでも、待ちます。……長期間の…依頼ということで、お願い…します。」
おーっと雲行きが怪しくなってきた気がするぞー。『いくらでも、待つ』ってなんだ。こいつ『7不思議』が何なのか、実は知ってるんじゃないのか?……聞くか?うん、そうだ。聞くだけ聞いておこう。
「その、なんです?個人的に気になっていて『7不思議』についても大まかな内容は知っているつもりなのですが、貴方はどこまで知っているのですか……?」
「……わからない。答え…られない。ただ、君が知っている…通りの『7不思議』である。とだけは、答えられ…る。」
「……そうですか!ご協力、ありがとうございます!なるほど、なるほど!あとはこちらで、調査及び『見届け』させていただきます!多少はお時間をかけしまうことになってしまうでしょうが、必ず期待に応えて見せます!」
「…………」
ーーー 受けて、良かったのか
分からない。
まだ、物語は始まっていない。動いていない。
この先の未来は、まだ描かれていない。
僕は、今、セカイを描き始める。僕の意思とは関係なくとも。
彼らが、そう選択したのだから、見届ける。