小説
対話
『どうして、君のセカイは雨が止まないのかな?』
僕はそう問いを投げかけられた。答えは知っている。どう答えればいいか、よく分かっている。でも、答えたくなかった。言葉にすれば、自分がどうしようもなくみじめで、どうしようもないやつだと認めてしまうから。だから、ずっとその『問いかけ』から逃げ続けていた。
『君はどうしてそう、自分の望まない未来を選び続けるんだい?君には未来を選べるだけの力があったはずだろう?どうして、自分にとっての『幸福』を遠ざけるように生きることを選ぶんだい?教えておくれ?僕の親友』
『親友』そう自称する『彼女』は現実には存在しない。
僕の頭の中にだけ存在する。所謂「イマジナリーフレンド」とか呼ばれるものだ。
23年も生きていながら、未だに子供の妄想に囚われている自分を嘆くべきか。それとも、まだ未来には希望があるのだと愚かにも信じられる心を持てていることを、喜ぶべきなのか。僕にはわからない。
「僕は『大切なものを』多く手放し過ぎた。それに、多くの人に迷惑をかけているんだ。僕には君が何を言いたいのか分からないよ。そんな力があったなら、もう少しましな生き方をしているはずだし。心を病んで何もできなくなってしまうようなこともなかったさ。」
『そうかい?君は、君自身が思っているよりも多くのことに気付けてしまう才能があるのにかい?だから見ることを中途半端に止めて、聞くことも中途半端に止めて、感じることも中途半端に止めて。そういった自分に本当はーーーー』
言わないでほしい。分かっているから。言ってほしい。分からないでいるから。
その言葉の先に何があるのかを、僕は知っている。けれど知らないことにしている。
僕は言葉にしたくない。言葉にしてしまえば、そうなってしまう気がしていたから。だからそれ以上の言葉を『未来』を止めてしまっていた。
僕に、勇気がないからだ。これ以上、失いたくないと心の底から思っている。だから、ボクのセカイには雨が降り続けている。本当に大切だって、「大切なもの」がどういうものかを理解してしまったからこそ、雨は止まずに、降り続く。
森林に煌く静雨の如く。
我が心にも、言葉降る。
『君は僕の言葉を、声を好きだと言ってくれる割に、大切な言葉はいつも聞こうとしないね。僕は構いやしないんだけれど…君は、本当にそれでいいのかい?』
「…よくないよ」
『彼女』の言葉に、心を乱す。どうしてなのだか、心が乱れる。理由はわかる。けれどそれも――――
『言葉にしたくない。だろう?君は優しいからね。だから君が考えていることはわかるよ。君がどれほど思ってくれいるかも、僕には十分に伝わっている。それでも君は、言葉にしないんだね』
『一つ君に教えてあげよう』
「なにをだい?」
『君は言葉を、言葉のイメージを鋭い刃物に例えているだろう?けれど、実際は違うんだよ。と教えてあげたくなったんだ』
「それくらいは知ってるし、理解しているよ」
『いいや。君は正しく理解しただけに過ぎない。もっと可能性を広げてこその「言葉」だ。君は気付いているんだろう?自分の才能が、人と人とを繋ぐ「言葉」であることに。そして、その重さに』
また、難しく面倒なことを言う。
しばらく考えていると。
『ようは、あんまり難しく考えなくていいんだよ。ってことかな。君のセカイがとても複雑で繊細で、世間一般の人たちの「普通」とはかけ離れていても。根っこのところは変わらず、同じようなものなんだよ。君はもう少し「考えず」に生きることを学ぶといいのかもしれないね』
「・・・人は「考える」生き物だ。それをしないってことは、死んでいるってことと同じようなものじゃないのか?人として生まれた以上、そこから安易に逃げることこそ、不誠実極まりないだろう。しかも、それは人に限ったことじゃない、知性あるものすべてがそうあるべきなんじゃないのか?」
『もう少し柔らかく考えようか?そうだね。話は変わるんだけど、例えば、君は「やりがい」と聞いて、何を思い浮かべるんだい?』
また、面倒なことを投げかけてくる。分からない。このやり取りに、どのような意味があるのか。でも、分かることがある。それは、やはり言葉にしたくない。『彼女』が何を言いたいのか、真意を理解していても、どうしてそんなことをしようとするのかが、まるで分からない。理解できない。
『悩むのもいいけれど、僕とお話をしようよ。特に何も考えず、心の赴くままに言葉を紡ぎ、詩にする。そうして旋律を二人で作り上げていきたいだけなんだよ。僕は』
「どうして、そんなことが言えるのか。僕に理由を教えてくれよ。他にも、あるんだろう。目的が。でなきゃ君はここまで僕に干渉しようとは思わないはずだ」
そうだ『彼女』は結局のところ、僕自身の分身で、空想の産物に過ぎない。
だから、分かっているんだ。僕からの問いには意味がないことは。
でも『彼女』からの問いには意味がある。
『君は君自身のことをよく知るべきだ。もっともっと。自分のことをちゃんと愛してあげられるように、周りの人たちのことを同じように愛してあげられるように。そうしたいのが真実、君のことだろう?』
少し、イライラしてきた。
図星を突かれるような、そんな言葉に耳を傾けていたからだろうか。
いいや、違う。それだけじゃない。
「お前は、俺にどうしてほしいんだ。俺はどういう風にするのが正しいというんだ。教えてくれよ。分からないんだ。お前がどうして、こんなことをするのか。分かりたくないんだよ。どういう意味であれ。お前は、この対話が終わったらいなくなるつもりだろう!?」
『そうだね。そのつもりだとも。でも、それが君にとって必要なことなのならば、僕はそうするよ。だって僕は君の幸福を祈っているのだから。なんだ、もしかして寂しいとかいうつもりかい?』